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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12008号 判決 1970年1月29日

理由

一、《証拠》によれば、原告は昭和四二年六月二六日東京都渋谷区千駄ケ谷二丁目八番地霞荘の当時の自宅において盗難にあい、本件株券を紛失したこと、また《証拠》によれば、被告が本件株券を訴外西山勝次より昭和四二年六月三〇日譲渡担保として譲受け、同年七月三一日その権利を取得したことがそれぞれ認められる。

二、そこで、被告の占有取得が悪意又は重大な過失によるものであるか否かについて検討する。《証拠》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は本件株券紛失の翌日(昭和四二年六月二七日)広島高井証券株式会社浅草営業所に盗難被害の模様を伝えて、本件株券につき事故手続をとつて貰うよう依頼した。

そこで、右営業所では、同日午前中に電話をもつて本件株券(宝酒造を除く)の名義書換代理人である三菱信託銀行(実務は証券代行部青山分室)に電話連絡により右株券につき事故株券の取扱い方を依頼すると共に、翌二八日中に文書をもつて同信託銀行並びにその他証券会社等へその旨を報告した。その結果、東京証券取引所の発行する昭和四二年六月三〇日付に明治乳業、森永乳業、宝酒造、三菱石油の、また同年七月五日付に伊勢丹(これは前回遺脱したため)の各株券につき証券事故として公告された。

他方、原告は六月二七日警察へ盗難被害届を提出すると共に大和証券に依頼して裁判所に公示催告の申立をした。

(二)  被告は訴外西山勝次より本件株券を譲渡担保にとつたが、同人は日本建国会長と称し、必ずしも身元が定かでない。のみならず、原告の夫と称する浅川尚が本人たる原告に無断で持出したものであるということを西山より聞いたうえで、同人に対する貸金の譲渡担保として本件株券を譲受けている。

原告は現在までずつと独身で、右浅川尚は原告の夫でもなんでもない。そして、委任状は原告直接のものではなく、浅川尚名義のものであり、押捺の印影は三文判で実印ではない。また貸金額は七五〇、〇〇〇円であるが、実際に手渡した額は金四七七、〇〇〇円に過ぎず、当時の本件株券の時価は後記認定の如く一二三万円余りである。

その際、被告は実際の権利者である原告に、西山または浅川尚の代理権限の有無を確認するための調査は全くなされていない。浅川尚につき西山の代理権を確かめることすら行なわれていない。

(三)  前掲甲第八、九号証(末陳の本人提出の答弁書)によれば、被告は同年六月二八日午前一一時頃名義書換代理人の三菱信託銀行本店証券代行部において、本件株券につき事故届の有無を問合わせたところ、無事故である旨の回答に接したので、安心して取引した旨の記載があるが、同銀行に対し文書による事故届のなされたのは六月二八日であるけれども、電話をもつて前日事故届はなされていたのであり、被告が同日時頃左様な確認したことを首肯しうるに足る証拠はない。

三、以上の事実に照すと、訴外西山や浅川尚の代理権限の有無につき通常期待される程度の調査もなさず、漫然取引してなされた被告の本件株券の占有取得は、少なくとも重大な過失があるものといわざるを得ない。

従つて、被告に対し本件株券の引渡しを求める原告の本訴請求は理由がある。

《証拠》によれば、本件株券を原告が紛失した当時の昭和四二年六月二七日における価格は次のとおりであることが認められる。

(1)  三菱石油 一株七六円 三、〇四五株 二三一、四二〇円

(2)  明治乳業 一株一八〇円 二、五〇〇株 四五〇、〇〇〇円

(3)  森永乳業 一株二五〇円 一、〇〇〇株 二五〇、〇〇〇円

(4)  伊勢丹 一株二六一円 一、〇〇〇株 二六一、〇〇〇円

(5)  宝酒造 一株四七円 一、〇〇〇株 四七、〇〇〇円

合計 一、二三九、四二〇円

よつて、被告は本件株券に対する執行不能の場合には、その填補賠償として右の範囲内である金一、一〇九、六九五円(本訴提起時における価格)を支払うべき義務があるので、原告の被告に対する本訴請求を全部認容

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